歴史好き必見!高野山・奥の院のルートと戦国武将のお墓を紹介

和歌山県伊都郡に連なる山々は高野山と呼ばれ、真言宗が総本山を構えています。

そこにある奥の院は、弘法大師が今でも瞑想修行を続けていると信じられている神聖な場所。

今回は高野山・奥の院へのルートやアクセス、そこに眠る戦国武将などをまとめて紹介しましょう。

高野山・奥の院とは?

高野山・奥の院は、真言宗の開祖である弘法大師(空海)の廟がある聖地で、高野山の信仰の中心。

約20万の戦国武将や著名人のお墓がある

その広さは、直線距離で2kmほどと広く、戦国武将をはじめ約20万基のお墓が存在します。

そのため、多くの歴史好きな人々が有名戦国武将のお墓を訪れるのだそう。

歩き回る際には、参りたい人の墓所を見落とさないように気をつけましょう。

奥の院までの基本ルートは?

公共交通機関を利用する場合

電車・地下鉄・ケーブルカーを乗り継いで「高野山駅」まで着いたら、そこからバスで「奥の院口」まで行き、バス停近くの一の橋を渡ります。

これが奥の院探索の開始地点。

バス停の先には「奥の院前」というところもありますが、ここだと奥に行き過ぎるので手前の墓所が目当ての場合はやめておいたほうがよいでしょう。

車で訪れる場合

国道371号線沿い、バス停でいうと「奥の院前」のあたりに、「中ノ橋大駐車場」があるので、ここを利用しましょう。

利用料金は無料です。

高野山・奥の院にある戦国武将のお墓

武田信玄・勝頼

一の橋を渡ったところから入ると、すぐにY字路があるので、左の道を進んでください。

そのまま300m~400mほど真っ直ぐ進むと、右手にあるのが武田信玄と息子勝頼の墓所。

大きな墓碑と一回り小さな墓碑が仲良く並んでいます。

上杉謙信・景勝

武田信玄の墓所からさらに50m~60mほど進むと、左側、少々奥まったところに上杉謙信と景勝の墓所があります。

霊屋と呼ばれる重要文化財の建物で、上杉謙信の遺言によって建てられたもの。

少々見つけづらい場所にあるので見落とし注意です。

伊達政宗

このあたりからは忙しくなります。

先ほどの道を少し進むと、右側に伊達政宗の墓所が。鳥居の奥に大きな五輪塔があります。

石田三成

伊達政宗の隣、同じく右側に石田三成の墓所。

手前に名前が書かれた目印があり、少し奥まったところに墓があります。

弘法大師御廟の横にある一切経堂は三成が寄進したものですが、墓の場所はあまり目立ちません。

明智光秀

石田光成の墓所から少し奥まったところに、ひっそりと明智光秀の墓所が。

五輪塔の真ん中の石にはひび割れがあり、割れのないものに交換してもまたひび割れてしまうといいます。

柴田勝家

中ノ橋のすぐ手前、左側に織田家の家老、柴田勝家の墓碑があります。

同じ大きさの五輪塔が並んでいる中の1つなので、名前が書かれた木札を見落さないようにしましょう。

豊臣家一族

中ノ橋を渡り、300mほど粛々と進みます。

もちろん道中には他多数の武将の墓所もあるので目が休まる暇はありません。

さて、其角歌碑のあたりまできたら、左奥に広い敷地をとった豊臣家一族の墓所があります。

柵で囲われているので、残念ながら墓石の近くまではいくことはできません。

織田信長

奥の院の最奥側、御廟橋の手前に、織田信長の墓があります。

メインの通りではなく横道に入らなければなりませんが、有名墓所で案内板がきちんと用意されているので迷うことはないでしょう。

派手な墓所ではありませんが、参拝客がいつも多いのはさすがです。

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