阿修羅

あの表情の本当の理由とは?興福寺・阿修羅像の魅力を紹介

3つの顔と6本の腕を持ちまるで少年のような顔をした阿修羅像。

最近では、興福寺創建1300年を記念して、全国の美術館・博物館などを回っていたことから目にした人も多いのではないでしょうか。

今回は、そんな興福寺・阿修羅像の魅力や不思議をご紹介。

【国宝】興福寺・西金堂の阿修羅像って?

興福寺の阿修羅像は、西金堂(さいこんどう)に釈迦三尊、梵天・帝釈天、四天王、十大弟子像などとともに安置されていた八部衆のうちの1体です。

西金堂は、熱心な仏教徒であった光明皇后によって建立され、元は皇后の生母であった橘三千代の菩提を弔うためのものでした。

なんとその工事には、延べ5万5千人の人員と、2千貫文以上の費用が使われたそう。

興福寺・阿修羅像の魅力や不思議

そもそも阿修羅とは?

阿修羅は、仏教の守護神で、戦いの神として有名。

阿修羅は正義を司る神といわれ、力を司る神である帝釈天とは度々争うものの常に負ける存在でした。

戦いの神ということもあり阿修羅像はいかめしい表情の仏像が多い中、興福寺の阿修羅像はまるで少年のような美しい表情をしているのが特徴のひとつ。

阿修羅は仏教とは関係なかった?

実は元をたどれば、仏教の神ではなかった阿修羅。

古代ペルシアでは大地に恵みを与える太陽神アスラ、古代インドでは地を干上がらせる太陽神・魔神アスラとしてインド神話・バラモン教・ヒンドゥー教など様々な宗教や地域に起源を持ちます。

その後、仏教に取り入れられ阿修羅となりました。

まさに悲劇、阿修羅が戦う理由とは?

阿修羅が戦い続けた帝釈天。

その戦いの発端は、なんと帝釈天が阿修羅の娘を無理やりさらったことにあるそう。これに怒った阿修羅が戦いを挑んだというわけです。

しかし、悲しいのはここから。

帝釈天は阿修羅の娘を妃に迎え、娘も幸せになりました。

しかし、阿修羅は正義の神なので、帝釈天の行っことを許すことができず、負けても何度も戦いを挑み続けることになったそう。

阿修羅像は少年の顔が魅力?

優しい少年のような紅い顔が、眉根を寄せ、愁いを含んだ表情には、観る者の心を引き付け、視線をそらすことが出来なくなるような雰囲気があります。

また、人間に近い身近な感じが人々を魅了するのではないでしょうか。

阿修羅像は実は後悔をしている姿?

3つの顔に6つの腕を持つ三面六臂として知られる阿修羅像の顔は、左が歯をくいしばった顔、正面は懺悔の中にいる顔、右は自己を見つめている顔などと解釈されています。

あの魅力的な表情は、実は戦いの後悔を表しているのかもしれません。

阿修羅像の手には弓矢が?

鎌倉時代に描かれた興福寺曼荼羅によると、第一手は胸前で合掌、第二手は左掌に日輪、右掌に月輪を、第三手は左手に弓、右手に矢を、掲げていたといわれています。

ライター

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